命の約束 第五章 命の約束(4)諦めた道へ

スピリットファースト

プロローグ (1) (2)

第一章 人生の終わり
(1)2013年2月25日 早朝
(2)夢の中で・・・
(3)朝起きると死んでいました。
(4)死神?
(5)死んでも死なない?
(6)葬式の日
(7)生まれ変わっても一緒になりましょう

第二章 本当の終活
(1)神様って本当にいるの?
(2)運命の地図
3)生まれる前に決めてきたこと
(4)運命の地図が教えてくれること
(5)自分の最期を選択する
(6)地図を移行するチャンス
(7)愛の奇跡

第三章 戦いの終わり
(1)憎しみを引き受けてくれた人
(2)傷だらけの木
(3)癒された木
(4)真っ暗闇に落ちて

第四章 神様の正体
(1)神様がいる場所
(2)神様との対面
(3)人生の目的
(4)私という存在の正体
(5)新しい始まり

第五章 命の約束
(1)無言の帰宅
(2)最後の別れ
(3)悲しみの中で

第五章 命の約束

4 諦めた道へ

母が逝ってしまって、早いもので数ヶ月が過ぎた。

母がいなくなった穴は、相当に大きかった。そのダメージは計り知れない。

家事など日常的なことは、みんなで協力すればどうにでもなるけれど、

娘といえども、父のドライブに付き合ったり、父の話し相手になったりするのに、母の代わりにはなれなかった。

父にとって、母の代わりになる人など誰もいなかったのだ。

一人の存在が、これほどまでに心の中で大きくなるものなのかと、初めて思い知った。

 

人の死というのは、残された者の成長のためにあるのかもしれない。

そんなふうに思ってしまうほど大きな試練となった。

私たちの心の中には、ぽっかりと穴が空いて、

日常の生活の忙しさで、その穴は隠すこともできたけれど、それでもやっぱり、

ふとした時に心の穴から、寂しさと悲しみと、痛みが溢れてきて、なかなか心の穴は埋まらなかった。

 

母がいない生活に慣れるために、みんな一生懸命だったが

母が保っていた均衡が一時的に崩れたこともあり、それぞれが各々、自分の課題と向き合わなければならなくなった。

言い換えればそれだけ、母がみんなの要だったのだと思う。

その比重を母がいなくなって初めて、みんなが体験することとなった。

私も、ずっと先延ばしにしていたいくつかの課題と向き合う必要があり

それは、私がもっともっと自分らしく生きるために必要な課題だった。

 

私はあの日から、色んなことを考えた。

何よりも、あの言葉が私の中にずっとずっと残っていて消えないのだ。

 

「神様は、明日が来るなんて、約束してくれてないんだ。」

 

私は、母のように朝、目が覚めなかったら、その時自分の人生に後悔はしないだろうか?

そんなことがずっとずっと、私の中から消えないのだ。

私は、自分に問いかけてみた。

 

「私は、何か、やり残したことがあるんじゃない?」と。

 

すると、自分でも驚くほどに、やり残していることが溢れてきた。

これまで、自分の心に従って、やりたいことをやり尽くしてきたはずなのに、

それでも、やり残していることがこんなにあるなんて・・・。

自分でもびっくりだった。

 

私は、これまで好きなことを仕事にしたいと言って、好き勝手にやってきた。

家族も応援してくれた。

何よりも嫁ぎ先の母や叔母が応援してくれたことは、私にとってとても大きかった。

夫も、密かに応援してくれていた。

 

それなのに、私は、その大好きだったことを軌道に乗せられず、

ちょうど一年前、その道を諦めてしまったのだ。

好きなことをして挫折するのは、結構なダメージだった。

私が好きなことをするとみんなに迷惑をかけてしまう。

もう、自分の好きなことを仕事にしちゃいけない。

もう、仕事にすることはない。

趣味程度にしておこう。

そう、心に誓って、夢も挑戦もぐっと心に押し込めて封印した。

 

そんな私に、何度も何度も、この言葉がやってくるのだ。

「神様は、明日が来るなんて、約束してくれていないんだよ。明日、朝が来なくても後悔しない?」と。

 

やりたいことを封印していた私は、それなりに趣味を楽しんでいたけれど、

でも、自分の心と向き合うということを避けていた。

向き合ったら、本当の自分の気持ちが出てきてしまって、

もう自分を止められなくなることがわかっていたからだ。

そうなるとまた、家族に迷惑をかけるかもしれない。

 

いろんな葛藤がやってくる中、私はふと思い出した。

私が初めて、自分の心に従って新しい道を選んだ時のことを。

 

それは、一番最初の就職先である、精神科病院をやめて6ヶ月間のニート生活をしながら、

自分の心を癒し、自分の幸せについて真剣に考えていた頃のことだった。

 

なかなか就職しない私を心配した母と、一度すごくぶつかったことがあった。

初めて母に、後ろからハグされたけれど、

私は、そんな母の腕を振り払って、部屋に閉じこもってしまった。

 

あのときは、自分にとっての幸せな道がどんな道なのか、まだ決めかねていたのだ。

でも、その求めている道が、残念ながら母が期待している道とは大きく違っていて、

母の期待に応えられないことだけは、明らかだった。

 

だから、母に申しわけがなかったのだ。

あの時、焦りと罪悪感と、それから、それでも信じてわかってほしいという期待が爆発してしまった。

きっと、母を傷つけたんだろうなと、今は本当に申し訳なく思う。

 

そんなことがあってしばらくしてから、私の心は、やっと「癒しの道に進もう」と決めた。

 

私が一番落ち込んで一番苦しく鬱になりかけた時、

エステやマッサージで人に触れてもらうということが、私にとっては最大の癒しだった。

だから私も、人に触れる癒しの仕事がしたいと思ったのだった。

 

決めたとたんに、そんな私にぴったりの求人が目に止まった。

すぐに連絡して面接を受けに行った時にはもう、

ここで働くんだって採用を確信していた。

そして、すぐに私はそこで働き始めた。

その職場で私は、癒しの技術と、そして・・・

最愛のパートナーとの出会いを果たした。

心の声は、私に人生に大切なものを二つも与えてくれたのだ。

 

母は、マッサージの仕事をする私を心配しながらも、結局、応援してくれた。

マッサージの練習台にもなってくれたし、

お金を払ってマッサージを受けにきてくれることも何度もあった。

 

独立してからも、マッサージに来てくれたり、手作りのブレスレッドを買ってくれたり、

お友達に紹介してくれたりして、

母は、一番のお客様になってくれた。

私は、母からこんなに愛情をもらっていたのに、

それでも、ぶつかり合っては、分かってもらえないとすねていた。

悪い娘だ。

 

お母さん、ありがとう、って、伝えようと思った時はもう、母はいなかった。

 

だって、こんなに早くいってしまうとは思っていなかったから。

そんなこと照れくさくて言えなかった。

きっと母は、また私が頑張るといえば、応援してくれただろう。

すごく心配しながら。

そんな母のことを思いながら、私は、もう一度、自分の心に問いかけた。

 

「私は、本当はどうしたいの? 」

すると私の心は、こういった。

「癒しの道に戻りたい」

 

私は一度諦めた道をどうしても切り捨てられなかったのだ。

今度は、心に触れる癒しをしたい。

それから私は、癒しの絵を描き、癒しのメッセージを添え、心に触れる講座を始めた。

明日死んでも後悔しないように、思いつくまま必死でやっていたら、

必要なことは全てこれまでに学んでいたことに気がついた。

 

そのうち、自然とメッセージが受け取れるようになり、

そのメッセージはたくさんの人の心に触れて癒してくれるようになった。

何よりもそのメッセージは、私自身を癒してくれた。

私は、絵を描き、メッセージを書き、お客様の心に触れることで、

諦めていた道へと戻ることができたのだ。

 

母の死は、私を諦めた道へと戻してくれた。

そこには、命をかけた母の愛があった。

 

 

ライフコーチ 大津真美

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長崎大学教育学部小学校教員養成課程(教育心理学専攻)卒業後、福岡県久留米市内の精神科病院にて心理士として一年半勤務。その後、セラピストとして10年活動しイン...

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